の梢に戯れていた。
冷やかではあるがしみじみとした朝日の光だった。丘の裾から遠く霞んでる沖合まで、海は湖水のように凪いで鈍く光っていた。処々に繋ぎとめられてる小舟が、如何にも静かだった。
その景色を胸深く吸いこんで、僕は東京に帰って来た。
お前は驚いたようだったね、僕が余り早く旅から帰って来たので、そして帰るとすぐに、母に金をねだり初めたので……。
母は僕の顔ばかり見ていた。
「旅費が足りなかったんです。」と僕は云った。「だけど、お母さんのところに無けりゃいいですよ。僕が稼ぐから……。なあに働きさいすりゃあ……。それより、お腹が空いちゃった。御飯を食べさして下さい。」
そして、飯を食いながら、母が用で立っていった間に、僕は云った。
「稲毛に連れてってやろうか。」
「だって、」とお前はちっとも乗ってこなかった、「兄さんは行って来たばかりじゃないの。」
「それがね、実は、照代って女と一緒に行くつもりだったんだ。が、どうも……。だからその代りに、お前を連れてってやろう。」
「いやよ、そんな……。」
「だけどお前は、どうせそのうちには、ちっちゃな家庭のちっちゃな花嫁として、浜地と一緒
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