に行くようなことになるんだろう。だからその前に一度、僕が連れてってやろうか。」
お前はみな聞かないうちに、真赤になって俯向いてしまったね。僕は微笑したよ、ずるい微笑だったかも知れないが……。
実際、稲毛に行くことなんかは、全くでたらめの話さ。こんどの日曜日にっていうやつさ。
だけど、これで根性は確かなつもりなんだ。食後、座敷の縁側の日向で新聞を読んでると、お前は用もないのにやって来て、庭の方を見るふりしてじっと坐っていたね。後のために何か意見でもするつもりかしら、とそう思ったものだから、僕はわざと知らん顔をしてやった。が余り長くお前が黙っているので、ふと顔を挙げると、お前は眼に一杯涙ぐんでいる。そのお前の顔の、黒い睫毛と細い鼻筋とが、如何にも淋しかった。
「何を涙ぐんでるんだい。」と僕は云った。「心配しないでもいいよ。僕はひどくコスモポリタンだけれど、心の据えどころは知ってるからね。」
するとお前は、神経質に頭を振りながら、本当に泣き出してしまった。僕はぐっとつまった。
「いいよ、分ってるから。……そんなことじゃない。だけど……真昼間泣く奴があるものか。笑った方がいいよ。」
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