に布団だけは沢山頼むぜ。」
 山出しの女中と云った恰好の女は、布団を余計に一枚持ってきて着せてくれた。
 財産がなくなって、自分の腕で稼がなければならなくなっても、俺は力強く働いて見せる、とそんなことを、僕は懐中無一文の気で考えていた。
 そして翌朝九時頃までぐっすり寝込んで、それからそこを飛出して、稲毛へ行った。
 照代のことで、僕の懐中は実際淋しくなっていた。翌日のことが心細かった。で、午飯をぬきにして、晩に酒を一本だけつけて貰った。
 そこの旅館の、丘の松林の中にある離屋を、お前はよく知ってるね。季節外れのこと故、静かすぎるほどだった。その一室で、僕は時々遠く海に眼をやるきりで、死んだ者のようになって半日を過した。風呂にはいって頭まですっかり洗い清めて、善良な女中を相手に淋しい夕食をして、あたりに客もないひっそりした離屋の、朱塗りの餉台の[#「餉台の」は底本では「飴台の」]上に両肱をついて、僕はぼんやり昨日からのことを、前々からのことを、思い起していた。そして、うっかりすると照代と一緒に来る筈だったことを考えて、淋しい微笑が頬に上った。
 羽の長い蚊が一匹、十一月の末というのにま
前へ 次へ
全40ページ中36ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング