が、美代子にだけはちゃんとした物を揃えた。彼女は美代子の半襟や鹿子の柄の見立に熱心だった。
彼女が送ってきてくれというのを、僕は頑として断った。
「あなたは、ほんとにやんちゃね。」
「ああ、やんちゃだよ。」
そして僕達は距てのない微笑を交わした。
彼女はおみやげと幾許かの金を持って、タクシーで帰っていった。
吾妻橋のほとりは寒かった。風はなかったが、それでも寒い空気が川の方から流れよってきた。
何という清楚な感じだ。これじゃ駄目だ。もっともっともぐってやれ。
僕は北の方の一廓に向った。殆んど不案内な土地だったけれど、電車でいって後は歩いた。そして、奥の方の小路を、小店を小店をと物色して廻った。
「へえ、旦那、如何で……もう十二時近くですから、半夜のところで、御都合でどうにも……へえ、二両半、他には一切頂きません。」
「そいつあ有難い、今夜は観音堂の縁の下で寝るのかと思った。」
「へへへ、御冗談……。」
僕はふらふらと梯子段を上っていった。そしてその晩は、北に窓が一つあるきりの何にもない長方形の室で、一人で眠った。
「君はいいからどっかへ行ってこい。ただ、風邪をひかないよう
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