云う通りよ。」
 そんな風で、タクシーは千束町の四辻で止まった。そして僕達は、きゃしゃな二階家の並んでる狭い石畳の路次をはいっていった。遠くのそんな家を照代が識ってるのが、僕には意外だった。

 敏子
 これから先は、僕も少し話しかねる。またよく覚えてもいない。で、簡単に云えば、僕達はそこの二階で、料理を取寄せて酒を飲んだ。僕も彼女も酔っていった。そしてはしゃぎ出して、それがいつのまにか、彼女の悪口になった。美代子が病気で苦しんでるのに、外に出て酒を飲むなんて怪しからん、と僕は彼女をなじり初めた。全く不人情な奴だ、と彼女も彼女自身を罵った……半分本気に。そして二人で何やかやと、彼女の悪口を云った。そうしたことが、僕にも彼女にも快かったらしい。悪口の対象はもう彼女ではなかった。誰でもよかったのだ。そして、その後でふっと淋しくなって、黙りこんで、他の室に移った。許してくれ……とこう云うのは、お前に向ってじゃない。いや、誰に向ってでもないんだ。
 その家から出たのは十一時頃だった。途中で小間物店に寄って、おみやげを買った。おっかさんや照次や彼女自身のものは、みなしるしばかりの一寸した品だった
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