。」
「そうさ、心はいつまでも子供、それを置いてきぼりにして、身体だけが大人になったものだから、弱ってるんだ。ああつまらない。実につまらない。」
わざと大きく溜息をしてみせた合間に、母は真顔で云った。
「もうお止しなさい、そんな話は。」
僕ははっとして、真顔になった。がお前はまだ怒っていたね……仲直りのしるしに僕と握手をして、※[#「魚+昜」、489−上−14]をしゃぶって、それからあの、禿頭の子供の話かなんかで笑い出すまでは。
敏子
その一晩を、僕は台なしにしてしまったような気がするのだ。ああいう事情の下にあったああいう静かな晩は、そう滅多にあるものじゃない。それを僕は何という気持で過してしまったのだろう。またお前だって……。
僕と一緒に海で飛びはねたお前じゃないか。音楽を聴きながら一緒に涙ぐんだお前じゃないか。僕の詩をいつもさんざんやっつけたお前じゃないか。母には話せないような芸者の話を僕がするのを、口を尖らして聞いた後で、だから兄さんは汚らわしいと云いながら晴々と笑ってたお前じゃないか。もっと卒直にあの晩を過せなかったのかね……。そりゃあ僕も、卒直じゃなかった。だけど
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