本当は、お前と一緒に、朗かに笑いたかったし、しみじみと泣きたかったのだ。
考えてみると、僕はあの晩を毒したばかりではなく、家の中の空気全体をも毒してたかも知れないし、お前の心をも毒してたかも知れない。僕は何という毒虫なんだ。
然し、それもこれも、何の罪であるかは、ただ知る者ぞ知るさ。加藤さんへ向って、母が愈々承諾の返事をすることになった時、僕はやっと重荷を下したような気がした。変梃な心理だ。そして、ほっと息がつけるその気持から、一寸旅をした。
少し急な書き物があるから旅をする、とそう僕は母にもお前にも云った。体裁にだけ原稿用紙を持って出た。が仕事なんかありゃあしなかったんだ。……そして、三日目に僕は帰って来た。
その間に、僕が何をしてきたかと思うかね。これからそれを聞かしてあげよう。
家を出ると、あの通り、晴れやかな小春日和だったろう。僕はその大空を仰いで、いいなあ……と心に叫んだものだ。そして、停車場へ行くのを止めて、照代の家へ行ってみようと思った。
お前は恋するなら恋するがいい、ちっぽけな家庭を構えたけりゃあ構えるがいい。だがこの俺は、そんななかに巻きこまれてたまるもの
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