に※[#「魚+昜」、488−下−12]さ。お影でつね[#「つね」に傍点]やが一番忙しい目をみた。
そうして、炬燵の中でビールを飲みながら、取留めもない話をしながら、僕はむりに涙を押え止めていた。何故ともなく、すぐにも泣き出しそうな気持だった。だが、心の中では、別なことを考えていたんだ。こんなちっぽけな家庭なんか吹き飛んじまえ、こんな惨めな幸福なんか、こんな古ぼけた天井なんか、みんな吹き飛んじまえ、青々とした大空が現われてこい……とね。それからまた、お前に向って、俺は今夜お前の通夜をしてやるんだ……とね。
お前は呆れ返るだろう。僕だって自分に呆れてる。だからこう大急ぎに話を進めているんだ。
ただ、一つ、僕はビールのコップを差上げながら云った。
「ビールの泡と接吻とは同じようなものさ。唇に残ったかと思えばすぐに消えてしまう。」
するとお前は、恥ずかしがる代りに怒り出したね。母も険しい眼付をした。
「なあに、僕は子供のことを云ってるんだよ。子供は誰にだって接吻させる。大人にそれが出来ないのは、心が汚れてるからさ。」
「じゃあ兄さんは子供なのね。芸者にだって誰にだって接吻させるんだから
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