見めいたことを云ったね。
「兄さんも、お酒が好きなら好きでいいけれど、外で飲むのはお止しなさいよ。家でならいくら飲んだって……誰も何とも云やしないわ。だから早く……。」
「何が……。」
「早くどうにか……。」
「早く……何が早くなんだい。」
「どうにかして……。ねえ、お母さん。」
 母がにっこり首肯いたのはよかった。僕はふふんといった気持で煙草を吹かした。そしてお前を追求するのは止めた。あの場合お前の口から、早く結婚でもせよとはっきり云わせることは、余り思いやりのない仕打なんだからね。お前と母とが、影で僕のことをどんな風に話し合ったか、それは僕の知ったことじゃない。
 だが、実際、いやに寒い静かな晩だったね。僕は胸がむずむずしてくるのを、しいて蝸牛《かたつむり》のように自分の殼の中だけに引込んでいたかった。そしてふと思いついて、炬燵を拵えようと云い出した。母とお前が取合わないのを、むりに押し切って炬燵を拵えさした。それから、果物を買って来て貰って、お初は父の仏壇へなどと云って笑われた。だが、馬鹿な、誰が仏様なんかを信ずるものか。そして炬燵の中がぽかぽかしてくると、とうとうやはり、ビール
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