僕は思わず口走って、それから詩の原稿を引裂いてしまった。
「あら。」
 その時のお前の、喫驚した顔ったらなかったよ。だが瞬間に、お前の黒い睫毛は、眼の色に現われた感情を隠してしまった。
 西洋の誰かが、こんな意味のことを云っている。――昔の野蛮人は、占領した都市に、処女性のない潔白な女を残していったが、吾が文明は、潔白さのない処女を拵え出した。
 なぜこんな文句をここに引出してきたか、お前にはこじつけとしか思えないだろうが、まあ黙って先を聞いてくれよ。
 その晩……全く静かな安らかな晩だったね。夕食後、母とお前と僕と三人で茶の間に集って、電燈の光のまわりに黙って坐ってたじゃないか。
「いやに静かな晩だなあ。」
 余りしんみりしてきたので、僕は少し気がさして何気なく云ってみた。
 すると、意外にも、母はほっと溜息をついた。が言葉はやさしかった。
「ええ、お前が真面目でさえいてくれれば、いつもこうなんですがねえ……。これからは少し落付いてくれなければ困りますよ。」
「落付きますとも、今夜からこの通りに……。」
 その時お前は傍で微笑していたね。その幸福そうな微笑を見て、僕は……全く気ま
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