業なんだ。
 然し、好奇心ばかりじゃなかった。
 僕は、前夜のことは酒の上の冗談だと云い、縁談に賛成の旨を説いて、母を漸く安心さしたが、その後で非常に淋しくなった。長年一緒に育ってきて、幼時の親しみをまでそのまま持ち続けてる兄が、妹の婚約する折に感ずる一種の愛惜と寂寥、そういった気持はお前も認めてくれるだろうね。
 だが、そればかりでもなかった。
 僕が「幼き愛」という変な詩を書いて見せた時のことを、お前は覚えているだろう。あの時お前は僕の様子を不思議がったね。だがこれで分ったろう。僕は一体、詩を書くといつもお前に見せていた。
 それは女の感受性に敬意を表するからだ、と云えば立派だが、実は自分の詩についての自信がなかったからさ。それだもの、「幼き愛」などというあんな成心あって拵えた詩なんか、何の価値もありゃしない。それをお前はほめてくれた。いつも僕の詩を無遠慮にやっつけるお前が、いい詩だと云ってほめてくれた。僕はお前の顔色や眼付を窺いながら、ははん……と思った。それから、なおも一度読み返して、考えてる風をしてると、お前はこう云ったね。
「兄さん、それは誰との思い出なの。」
「馬鹿な。」
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