久子さんに打ち明けないのか。
 喜久子はおとなしく信子についてゆく。それでも、飴や玩具の屋台店の方へ、ちらちら眼をやる。神社の境内から出ると、信子はやさしく娘をかえり見て言う。
「くたびれたでしょう。少しゆっくり歩きましょうね。」
 信子の方こそ、凍れたように首垂れている。
 町角に、果物屋があって、蜜柑や林檎や柿が美しい色を氾濫さしている。
「ちょっと、お待ちなさいね。」
 信子は果物屋にはいって、そこにつっ立ち、暫く考える。
「あの……これとこれとこれ、二つずつ下さいません。小さいのでいいわ……お仏壇にあげるんだから……その代り、恰好のいいのをね。」
 蜜柑と林檎と柿を、二つずつ、紙袋にいれて貰い、鶏肉のわきにそっと、買物袋へ納める。
「さあ、帰りましょう。」
 信子は娘の手を取って、にっこり頬笑みかける。
 ――吉岡は酒瓶をすかし見てから、銚子にまた一本つぎ、燗をした……。信子よ、あなたの頬笑みは淋しい。私も淋しくなった。私は今こうして、会社を休み、炬燵開きなどしているが、それも、自分の感傷に甘えてるのではない。休養ということも、明日からの奮闘に備えて、たまには許されるだろう。あ
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