に限って何とも云わないことから、中村は事の重大なのを見て取って、縁側の方へ身を避けた。澄子もついていって、彼の後ろに身をひそめた。幾匹も蚊が集ってきた。そしてひどく蒸し暑かった。中村は立上って雨戸を二三枚開いた。外にはもう白々と夜明けの光が漂っていた。中村は思い出したように欠伸をして、凉しい空気を胸深く吸い込んだ。その時、今井の声がしたので、振向いてみると、今井は辰代の前にかしこまりながら、乱れた調子で云っていた。
「……私にはどうにも出来なかったんです。いけないと思えば思うほど、益々心が囚えられていったんです。然し自分では、真剣な恋だと思っています。余り真剣すぎる恋だと思っています。がそれももう駄目になりました。いくら※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《もが》いても、どうにもならないことを悟りました。諦めます。一生懸命諦めます。」そして彼は歯をくいしばった。「諦められるかどうか分りませんが、兎に角努力してみます。それで、私は今日から引越すことにします。このまま愚図愚図してるのは、私のためにもあなた方のためにも、いけないことのように思われるんです。ただ私は、金がちっともあり
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