、精根つきた重苦しい眠に、何もかも融け去っていった。
 非常に長くたってから……と後で思われた頃、澄子は消え入るような叫び声を立てた。辰代がはね起きてみると、澄子は脂汗を額から流しながら、死んだ者のように両手を胸に組み合わしていた。眸の定まらない眼を一杯見開いて、母の姿を見て取ると、泣声とも叫声とも分らない声を立てて、ひしと縋りついてきた。
「どうしたんです、澄ちゃん!」
「今井さんが……私を……殺そうとするから……。」
「えっ、何ですって!」
 しくしく泣出した澄子を放っておいて、辰代は蚊帳から匐い出した。そして台所の中に消えていった。澄子は泣きやめて、喫驚して起き上った。辰代は間もなく戻ってきて、足音を偸みながら玄関の室の襖に近寄り、そこにぴたりと身を寄せた。後ろ手にした右手に、庖丁を握りしめていた。暗薄い光りにも、ぴかりと光ったその刃先を認めて、澄子は夢中に飛びついていった。その気配に押し進められてか、辰代は澄子の手の届かないうちに、襖をさらりと引開けて、二三歩進んだ。澄子もその後に続いて駈け出た。玄関の火鉢の猫板によりかかって、今井が泣いていた。二人が飛び出したのにも顔を挙げな
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