めて歯をくいしばってる様子まで、まざまざと見えてきた。しいんと静まり返った中に、一刻一刻が非常なもどかしさでたっていった。澄子は堪《こら》えきれなくなって、おずおず呼んでみた。
「お母さん!」
「まだ眼を覚してるのですか。」と母はすぐに応じた。「早く眠っておしまいなさい!」
 澄子は布団の中に額までもぐり込んだ。息苦しくなってまた顔を出した。
 だいぶたつと、此度は辰代の方から呼びかけた。
「澄ちゃん!」
「なあに?」と澄子はすぐに応じた。
「まだ眠らないんですね。早く眠っておしまいなさいったら!」
 澄子はまた布団を被った。そして顔を出したり入れたりしてるうちに、三時が打った。襖一つ距てた向うの室に、今井がまだいるかいないか、しきりと気にかかった。寝工合が悪くて仕方なかった。何度も枕をなおしてるうち、辰代が本気で叱りつけた。
「何でいつまでも愚図愚図してるんです!」
 澄子は息をひそめた。三時が打ったきり、半時間も一時間も、いつまで待っても打たなかった。時計が止ったのじゃないかしら、と思う耳へ、秒を刻む音がはっきり響いてきた。仕方ないから、その音を一生懸命に聞き入った。そしていつしか
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