します。」
 そう云い捨てて彼女は、荒々しく奥の室にはいっていった。がすぐに、襖の影から呼びかけた。
「澄ちゃん、あなたもこっちへいらっしゃい。」
 澄子は暫くためらった後に、中村から眼で相図をされて、漸く立っていった。見ると、辰代は押入の中に首をつっ込んで、手当り次第に品物をかき廻していた。
「お母さん、何をしてるの?」と澄子は静に尋ねてみた。
「何でもようござんす。あなたは学校の勉強でもなさい、遊んでばかりいないで!」
 澄子は顔をふくらしながら、机の常に坐って、何を考えるともなく、ぼんやり考えに沈んだ。
 玄関に残っていた中村と今井とは、暫くは口も利かなかったが、ややあって、今井は火鉢の上に伏せていた頻を、徐々にもたげて、度の方を向いてる中村の横顔が、眼にはいる所までくると、ふいに口を開いた。
「私が悪かったんでしょうか。」
「え?」と中村は見返った。
「私の方がそんなに悪いんでしょうか。」
「悪いと思ってあなたは謝ったのではないのですか。」
「悪い……というよりも、済まないと思ったんです。」
「どっちにしたって、結局同じことじゃないですか。」
「いえ違います。……じゃああなたは
前へ 次へ
全84ページ中68ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング