なりと出て行って下さい。」
 今井はつっ立ったまま、握りしめた両の手をかすかに震わしていたが、澄子の驚き恐れた兎のような眼付を見ると、つめた息をほーっと吐くと共に気勢を落して、其処にがくりと膝を折って坐った。その余勢かと思われるほどすぐに、畳へ両手をつき頭を下げた。
「私が悪うございました、許して下さい。」
 余りに急な意外なことなので、辰代も澄子もぼんやりした所へ、今井はまた繰返した。
「許して下さい。謝りますから、許して下さい。」
 真面目だとも不真面目だとも分らない気分に支配された、動きの取れない沈黙が落ちてきた。そこへ、素知らぬ顔で縁側に佇んでいた中村が、のっそりはいって来て火鉢の横手に坐った。
「今井さんも謝ると云うんだから、もういいじゃないですか。」と彼は辰代に云った。
 それが却って、辰代にとっては助けだった。
「謝ってそれで済むことではございません。」と彼女は云い出した。「あんまり人を踏みつけにしています。私は何も、足駄一つくらいどうのこうのと申すのではありません。御自分の胸にお聞きなすったら、大抵分りそうなものです。出ていって頂きましょう。私共ではもうきっぱりとお断り
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