「でもねえ、それは質朴そうないい人らしいですよ。」
「だからお母さんは買い被ってるのよ、あんな質朴があるものですか。お慈悲に室を借りてやるというような見幕で、家の中にまで上り込んできて、図々《づうづう》しいったらありゃあしないわ。お母さんもお母さんですよ、あんな人に上り込まれといて、お菓子まで出すなんて、あんまり人が善すぎるわ。」
「そんなことを云ったって、ああいう風になったのだから、仕方がないではありませんか。」
「いくら仕方がないからって、家に上げて待たせるって法はないわ。もし先《せん》の人が来なくって、晩にでもなったらどうするの。あんな図々しい人だから、明日まで待つと云い出すかも知れないわ。」
「まさか、そんな……。」
「そうでなくっても、もし不良書生の仲間だったらどうするの。」
「そんなこともないでしょうよ。」
「でも分りゃしないわ。」
 澄子から説きつけられて、不安な眼付でじっと見られると、辰代の眼も、疑惑の色から不安の色に変ってきた。
「夕方になったら、何とか云って追い帰してしまいましょう。」
 早口にそう云い捨てて、辰代はぷいと流し場の方へ下りて、娘に対する、また自分
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