ろうかと思っています。いつまでいてもつまらないですから。」
「そうでございますね、早くお卒業なすった方が宜しゅうございますよ。」
そこで彼がまた黙ってしまったので、辰代はそれをしおに座を立った。
「私はこうしてるのが勝手ですから、どうかお構いなく御用をなすって下さい。」
「それでは御免下さい。」
中腰でそう云い捨てて辰代が次の室へはいると、襖の影に娘の澄子が、今迄立聞きして居たらしくつっ立っていた。彼女はいきなり母の袂を捉えて、台所の方へ引張っていった。
「あの人変な方ね。」
「どうして?」と、辰代は聞き返した。
「だって、鹿児島では川の水も海の水も澄みきってるって、さんざん話してきかしといて、勿論今ではもう濁ってるかも知れないなんて、そんな云い方があるものでしょうか。ここが少し、」と彼女は頭を指先でつっついて、「どうかしてるんじゃないでしょうか。」
「まあ馬鹿なことを云うものではありません。大学生だというではありませんか、そんなことがあるものですか。」
「大学生だって当にはならないわ。三四年も大学にいるけれど、つまらないから来年は卒業してやるんだなんて、どう考えたって少し変だわ。
前へ
次へ
全84ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング