膝を立てようともせずに、黙りこくっていた。
「お国はどちらでいらっしゃいますか。」と、辰代は語の接穂がないので尋ねてみた。
「鹿児島です。」と、彼は答えた。「鹿児島はいい処ですよ。」
そして彼は自ら進んで、鹿児島の風光明媚を説き出した。どの川の水もみな透明に澄みきっていて、一丈二丈ほどもある淵でさえ、底まで手にとるようで、魚の泳いでるのがはっきり見えて、釣をするのなんか実に愉快である。随って、そういう川の水の流れ込む海が、やはり底まで澄んでいて、魚の姿と一緒に桜島の影の写ってるのが、云いようもないほど綺麗である。
「水という水がすっかり、底まで澄みきってると思えば間違いありません。」と彼は結論した。
「それでは、舟になんか乗りましたら、恐うございましょうね。」
「恐いよりか綺麗です。……勿論、今じゃもう濁ってるかも知れませんが。」
「へえー。」と辰代は云ったきり、一寸挨拶に困ったが、それをうまくごまかした。「そうしますと、もう長くお国へはお帰りになりませんのですか。」
「三四年帰りません。」
「では高等学校もこちらで?」
「いえ、大学にはいって三四年になるんです。来年はもう卒業してや
前へ
次へ
全84ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング