一度にぐっと引抜いてやった。――自分でお茶をいれて飲むつもりで、今井は茶箪笥から茶の鑵を取り出したが、少し錆のあるその蓋が、なかなか取れなかった。「私が開けてあげるわ、」と澄子が云って、二三度やってみた後、容易く引開けてやった。――箪笥の後ろに落ちた櫛を取るから、手伝ってくれと奥の室に、澄子は今井を呼んできた。そして二人で、二段重ねの箪笥の上の部分を、持ち上げて下しにかかった。それが今井には大変な努力らしかった。箪笥を再び重ねる時には、今井は危くよろけそうだった。澄子は一生懸命に気張りながらも、今井を叱ったり励ましたりして、そして勝誇ったような顔をしていた。――「今井さん指相撲をしましょう、」と云って澄子は手を差出した。今井は一寸躊躇したが、着物の袖口を伸しながら手を出した。そして節の太い頑丈な彼の親指は、反りのよいしなやかな澄子の親指に、何度も他愛なくねじ伏せられてしまった。「それじゃ此度は腕相撲、」と澄子は挑んだ。「よし腕相撲なら負けやしません。」そして彼は居住居を直して、幅広い肩と握り合した手先とに、顔まで渋めて力を籠めたが、澄子のきゃしゃな腕にも余りこたえがなくて、彼女の顔が赤
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