子とが茶の間で、一人は裁縫を一人は学校の下調べをしていた。そこへ可なり大きいのが、どしんと一つきて、それからぐらぐらと揺れた。おやと思うまに、もう小揺れになって、天井から下ってる電燈の動くのや、柱時計の振子の乱れたのなどが、自然と眼についた。それが暫く続いた。
「地震ね!」と澄子は分りきったことを云った。
「何時でしょう。」
「八時少し過ぎよ。」
 辰代は胸勘定でもするように頭を動かした。
「五七の雨に四つ旱《ひでり》、というから、まだ雨が続くかも知れませんね。」
 そう云ってる所へ、階段に大きな物音がした。二人が喫驚して眼をやると、息をつめ眼を見張っている今井の顔が、薄暗い階段口からぬっと出てきた。
「どうかなさいまして?」
 今井はすぐには口を利かなかった。天井からあたりをきょろきょろ見廻して、それからほっと吐息をついた。
「地震でしたね。」
「まあ、逃げ下りていらしたんだわ。」と澄子が云った。「あれくらいな地震に……。私もっとひどいのだって平気よ。」
 今井は何とも云わないで、長火鉢の横に坐って、小首を傾げながら耳を澄した。
「また来るかも知れませんよ。」
「ええ、屹度来るわ。」
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