りゃしないわ。そして今井さんは、医者にみて貰うのが、あの通り大嫌いでしょう。とても駄目よ。」
 それでも辰代は気にかかって、或る時中村に相談してみた。中村は注意深く辰代の言葉を聞いていたが、ふいに笑い出した。
「いや何でもありませんよ。」と彼は云った。そして澄子の方を向いた。「澄ちゃん、用心しなけりゃいけないよ。」
「どうして?」
 中村はなお薄ら笑いをしながら、それきり何とも云わなかった。
 その意味が、辰代と澄子とには解せなかった。そして辰代はそれを、やはり何か病気の暗示だという風に考えた。一人気を揉みながら、今井の様子をそれとなく窺ってみると、前よりも外出することが更に少なくなったり、室の中に寝転んでいることが多かったり、庭の隅に萠え出てる草の芽に見入っていたり、雨脚を眺めながら涙ぐんでいたり、月の晩には遅くまで窓によりかかっていたり、始終黙って考え込んでいたり、大声に笑うことがなかったりして、何もかもみな病気を想像させるようなことばかりだった。そして彼女は、或る晩地震のことから、本当に彼を病気だときめてしまった。
 八時頃だった。中村は病院からまだ帰って来ていなかった。辰代と澄
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