な気になって、此度は代数の問題を尋ねてみた。今井は容易く解いてやった。
「私は算術は嫌いですが、」と彼は云った「代数と幾何とは非常に好きです。中学の時に代数で百点貰ったことがありました。」
「じゃあこれから時々教えて頂戴。私数学は嫌で嫌で仕方ないわ。」
「嫌なのより下手なんだろう。」と中村が口を出した。「僕がいくら教えてやっても、さっぱり覚えないんだから。」
「あら、あなたは駄目よ。教え方がぞんざいで、独り合点ばかりなすってて、私がよくのみ込まないのに、先へ先へとお進みなさるんですもの。」
「なあに僕のは天才教育だからさ。」
 そういう中村の眼を見返して、澄子はくすりと笑った。
「こういう凡才を相手だと、骨が折れますよ。」と中村は今井の方に言葉を向けた。
 今井はぼんやり何かを考え込んでいた。それからまた話しかけられても、短い返辞をするきりで、多くは黙っていた。しまいには縁側に立っていって、金魚に見入った。
 その金魚を、今井は自分のもののように大事にし出した。何処から聞いてきたのか、金魚の飼い方をいろいろ述べて、麩なんかをやってはいけないと云った。
「金魚に麩は、人間にお茶のようなも
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