もなく降って、降らなければ陰鬱に空が曇って、何もかもじめじめと汗ばんでいた。今井は縁先に蹲って、その雨脚や曇り空をいつまでも眺めてることがあった。
「今井さんは雨がお好きなの?」と澄子は尋ねた。
「ええ好きです。」と今井は答えた。「雨の降るのを見ていますと、都会の上に雨降る如く、吾が心のうちにも涙降る、というヴェルレーヌの詩を思い出します。」
澄子は喫驚した顔付で、今井の様子を見守った。
「あなたは詩もお読みなさるの。」
「昔読んだことがあります。夢中になって読み耽ったものです。」
「そう。じゃあ一寸教えて下さらない? 私いくら考えても分らない所があるから。」
そして彼女は、英語の教科書の中にある短い詩句を持ってきた。今井はそれをすらすらと解釈してきかした。
澄子はまた意外だという顔付をした。
その晩彼は中村に云った。
「今井さんはあれで詩人だわ。私喫驚しちゃったの。」
中村はただふふんといった顔をしてみせた。
「詩の解釈はあなたよりよっぽどお上手よ。」
「それはそうだろう。僕は医者だけれど、あの人は文学者だから。」
所が、その晩今井が下りて来ると、澄子は試してでもみるよう
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