夜が更けるに随って、雨が霽れてゆくのか、或はその音が闇に呑まれてゆくのか、あたりはしいんと静まり返った。時々呻り声を出したりぼんやり眼を見開いたりする今井の顔を、二人はじっと見守っていた。どうしたことか、天井裏の鼠の音さえしなかった。それにふと気付くと、澄子はぞっと水を浴せられたような気になった。
「あなたはもう寝《やす》んでいらっしゃい。明日《あした》学校があるから。」と辰代は云った。
澄子はただ頭を振った。低い母の声までが無気味だった。今井さんは死ぬんじゃないかしら、とそんな気もした。辰代が水を取代えに立ってゆくと、彼女は自分でも訳の分らないことを一心に念じながら、今井の額の手拭を平手で押えてやった。ずきんずきん……という音のようなものが、手拭越しに伝わってきた。
そのうち次第に今井の熱は鎮まってゆくようだった。それでも二人は、夜明け近くまで冷してやった。ごく遠くの方から、かすかなざわめきが起ってきて、寝呆けたような汽笛の音がした。それから暫くたった頃、すやすや眠っていた今井は突然眼を開いてあたりを見廻した。
「お気がつかれましたか。」と辰代は云った。「ひどいお熱でございました
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