すかな呻き声が聞えた。辰代は驚いて上っていった。見ると、今井は半ば布団から乗り出し、額にじっとり汗をにじませ、夢現《ゆめうつつ》のうちに呻っていた。身体が燃えるように熱くなって、熱っぽい息をつめながら呻っていた。辰代は狼狽し出した。そして澄子を呼んだ。
「まあ、大変な熱だわ。」と澄子は叫んだ。
「中村さんをお起ししましょうか。」
「でもお母さん、またあんなことになったら……。」
「それもそうですね。どうしましょう?」
「氷で冷したらどうかしら。」
 そして取敢えず、澄子が水手拭で額を冷してやってる間に、辰代は氷を買いに出かけた。もう十二時近くだった。近所の氷屋へ行って、幾度も戸を叩いて、漸く起きてきたのに尋ねると、氷は無くなったとの返辞だった。辰代は口の中で不平をこぼしながら、少し遠くの氷屋へ行きかけたが、懇意な家でさえこうだから……と見切りをつけて、急いで帰ってきた。
 それから辰代と澄子とは、寝もしないで今井の頭を冷してやった。水枕の水も金盥の水も、水道ので初めからそう冷くはなかったが、すぐ湯のようになった。幾度も取代えて来なければならなかった。
 雨はまだしとしと降り続いていた。
前へ 次へ
全84ページ中39ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング