よ。」
 今井はぼんやり二人の顔を見比べていたが、ふいに上半身を起しかけた。辰代がそれを引止める間もなく、其処に手をついて頭を下げた。
「有難うございました。」
 そして呆気にとられてる二人の前に、はらはらと涙を流した。
「どうなすったのです! 寝ておいでなさらなければいけません。」
 きつい調子でそう云いながら、辰代は彼を寝かした。彼はおとなしく頭を枕につけたが、閉じた眼瞼からは涙がにじみ出してきた。それを見て、辰代も澄子も何となしに涙ぐんだ。
 暫くすると、今井はまた眼を見開いた。
「まだ夜は明けませんか。」
「もうじきでございますよ。」
 それから、二人でなお頭を冷し続けてるうちに、今井は本当に眠ったらしかった。

     三

 翌日になると、今井は熱が去ってけろりとしていた。それでもまだ顔の色が悪く、何処となく力無げな様子だった。も一日くらい寝ていなければいけない、と辰代は説き勧めたが、今井は曖昧な返辞をしながら、朝から起き上って、そして何をするともなく、室の中にぼんやりしていた。
 それから引続いて、今井の様子は変ってきた。朝起き上って皆と顔を合せる時には、必ず丁寧に頭を
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