れは私の思い過ぎかも知れない。」と彼女はまた考え直してもみた。
 実際今井が変人だということは、日常の様子を見てもすぐに分った。辰代や澄子や中村などと顔を合せる時には、馬鹿に丁寧な挨拶をすることもあれば、むっつりとして眼を外らすこともあった。それがまるで気紛れで、こちらから挨拶すべきかどうか、その時々の見当が全くつかなかった。挨拶をしてるのに外方《そっぽ》を向かれることもあるし、黙ってるのに丁寧な挨拶をされることもあった。両方うまく調子が合うことは稀で、大抵は気まずい思いが残った。それからまた、毎晩玄関の茶の間に集って、皆で一寸世間話をするのが、殆んど習慣となっていた。中村は、一日病院で働いてしみ込んだ薬の香を、それによって消し去りたい気もあったろうし、澄子は、いろんなことを云って中村に甘えて、父や兄弟姉妹のない淋しさをまぎらしたい気もあったろうし、辰代は、話の仲間入りしてる風をしながら、自由に居眠りたい気もあったろうが、然し何よりも、皆揃ってのそういう雑談は、それが習慣となってしまうと、欠かしては何だか物足りないような、知らず識らずの淡い魅力を持っていた。所が今井は、辰代がいくら誘っ
前へ 次へ
全84ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング