んには何でもないんでしょうよ、屹度。あんな人のことは、やきもきするだけ損だわ。考えてみれば、何もかも変じゃありませんか。家にいらしてから、一度も学校に行かれた様子もないんでしょう。いくら大学だからって、あんなに休んでばかりいていいものでしょうか。それに角帽が一つあるきりで、制服だって、持っていらっしゃるかどうか分らないし、ノートの一冊もないんでしょう。そして朝から晩まで、あの白木の机を拭き込むばかりで、ぼんやり考え込んでいて、一体、何をなすってるのか、何を考えていらっしゃるのか、まるで見当もつかないわ。私今井さんは屹度、文学とか哲学とか、そんなことをやる人だと思ってよ、いくらお母さんが注意してあげたって、ただ煩さがりなさるばかりだわ。」
澄子の云うことは事実だった。今井は文科大学生と云ってはいるが、制服は勿論のこと、ノート一冊も持ってはしなかった。そして学校へ出ることも殆んどなかった。朝遅くまで寝ていて、多くは一日室の中に籠っていた。時々外出することもあったが、袴をつけたりつけなかったり、また時間も非常に不規則だった。そんなことを考えると、辰代は漠然とした不安を覚えてきた。
「でもこ
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