しましては……。」
 辰代は言葉尻を濁しながら、相手の押しの強い調子を、図々しいのか或は朴訥なのかと、思い惑った眼付で、先ずその服装を――古ぼけた角帽や着くずれた銘仙の袷や短い綿セルの袴や擦りへった山桐の下駄などを、一通り見調べておいて、それから詳しく説明した。二階の八畳と四畳半とを客に貸しているが、今空いてるのは四畳半の方で、食事は朝だけしか世話が出来ず、その一食附きで月に十五円であること、午と晩との食事は、自炊でも他処から取るのでも、それは客の自由であること、それが承知なら貸してもよいが、ただ、夕方までという先約の学生の返事を待たねばならないこと。
「そういうことになっておりますので……もしお宜しかったら、また夕方にいらして頂けませんでございましょうか。」
「夕方……。」と繰返して学生は可なりの間、何やら考えてる風だったが、辰代がまた口を開こうとすると、急に云い出した。「それじゃ、その人が駄目になったら、是非私に貸して下さい。朝飯だけ拵えて頂いて、午と晩とが自炊なら、丁度私に好都合なんです。四畳半で十五円、それで結構です。私は只今、苦学のような形式で勉強してるんですから、万事好都合
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