寧にも、自分の駒下駄は新聞に包んで持っていって、そのまま姿も見せないでございませんか。こんな風だったら、今にあなたは身体一つになっておしまいなさいますよ。」
「だって、みんな私の所を当にして来るんですからね。」と今井は云った。
「そんなに気がお弱いから、あなたはつけ込まれるんでございますよ。第一、他人の物を当にして来るって法がありましょうか。自分の物も他人の物も区別しないようになりましたら、世の中に働く者はありはしません。」
「いえ、彼奴《あいつ》等だって、相当には働いてるんです。今働いていなくても、これから、後に、大いに働くつもりでいるのです。それで取返しがつくじゃありませんか。」
「取返しがつきますって! そんなことを云ってらっしゃるうちに、あなた御自身はどうなります? 今に何もかも持ってゆかれてしまうではございませんか。」
「なあに私は、こうしていさえすれば、どんなことがあってもへこたれはしません。意志がしっかりしていますから。」
辰代は呆れ返ったように相手の顔を見つめた。そしてやがて云った。
「あなたくらい分らない方はありません。私がこんなに心配していますのに、当のあなたがそ
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