った。実際、彼にそれだけのお金があるのなら、何をしようと彼の勝手だった。けれども、ただ一つ、辰代も我慢しかねることがあった。
今井の所へは滅多に友人も来なかったが、それでも時々、怪しい風体の者がやって来た。髪を長く伸していたり、または一分刈りに刈り込んでいたり、髯をもじゃもじゃに生やしていたりする、同年配の青年等で、狡猾とか陰険とかいう風貌ではなかったが、少しばかりの朴訥さの見える図々しさを具えていて、それが大抵、雨の降る夜更けなどに訪れてきた。雨の中を傘もささずにやってきて、霽れ間を待ちながら、自分の濡れた着物と今井の乾いた着物とを、着代えては帰っていった。そしてそのまま、いつまでたっても着物を返しに来なかった。夜更けてやって来る者は、よく腹が空いてると云っては、何か食べる物を取寄せて貰った。中には翌朝までいて、飯を食ってゆく者もあった。
「食べるものくらいは、どうにでもなりますが、」と辰代は憤慨の調子で云った、「こんなびしょ濡れの着物を、あなたはどうなさいますか。それも後で取代えにでも来れば宜しいんですが、着て行きっきりですもの。こないだも、あなたの足駄をはいていって、その上御丁
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