は、砂糖とパンとがはいっていた。
 午《ひる》と晩とを、彼はパンと牛乳とですごした。所が牛乳は、辰代が台所の瓦斯で沸かしてくれたので、アルミの鍋は押入の中に投り出されたままになった。お茶はいつでも玄関の茶の間にあったが、彼は辰代が貸してくれた火鉢の鉄瓶から、湯ばかり飲んでいた。その代り、一週に二度くらいは、近くの店から西洋料理や蒲焼などを取って貰った。
「御馳走は、」と彼は云った、「のべつに食べるものではありません。平素粗食をしていて稀に食べると、それがすっかり消化されて、全部身体の栄養になるんです。いつも御馳走ばかり食べてると、胃袋がそれに馴れきって、素通りさせてしまいます。それで、旨い物ばかり食べてる者には粗食が非常に栄養になると同じに、私みたいにパンばかり噛ってる者には、時々の旨い料理が非常に栄養になるんです。胃袋という奴ほど珍しもの好きはありません。」
 然し、そういう彼の生活を辰代は不経済極まるものだと思った。そしていろいろ経済の途を説いてきかしたが、彼はただ笑ってるばかりだった。
「経済法なんて、人間を愚かにするばかりです。」と彼は云った。
 それならそれでいいと、辰代は思
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