才は皆不具者だと説いた。
「一番いい例は、二階のあの人だね。近く寄って見るから変梃に見えるので、遠く離れると立派な人格者に見えるものだよ。」
「そんなことないわ。」
「じゃあ澄ちゃんは、あの立派な天才を、天才ではないと云うのかい。」
 澄子は眼をくるりとさしたが、瞬間に、手を挙げて打とうとした。
「まあ憎らしい!」
 そのはずみに、火鉢の鉄瓶を危く引っくり返そうとした。
 針仕事の上に首を垂れて、こくりこくりやっていた辰代が、喫驚して眼を開いた。
「何をしてるんですよ!」
 澄子が笑い出したので、彼女ははっきり眼を覚してしまった。
「お二階の、あの方は?」
 それで初めて気がついて、皆は耳を澄してみた。二階はひっそりと静まり返って、ことりとの物音もしなかった。
「そうそう、まだお茶も出さないで……。」
 辰代は慌て気味に茶菓子を用意して、二階の四畳半に上っていった。
 すると大学生は荷物を運び込んだままの室の中で、布団の包みに頭をもたせ、仰向に寝そべって、まじまじと天井を見つめていた。

     二

 斯くて今井梯二は、南に縁側があり東に腰高な窓がある、その四畳半の室に落ち着いた。
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