代は自分一人の繰言をしながら、台所へやっていった。そして残りの用を済し、何か繕い物を持出してきて、室の隅に蹲った。
 澄子はまた話の続きを初めていた。大学生とも一人の学生との応対の所になると、彼女と中村とは、はっと気付いて口を噤まねばならなかったほど、愉快な高笑いを洩らした。
「私あの方を、」と澄子は云った、「まるっきりの田舎者か、それとも偉い天才か、どちらかと思ってよ。」
「そうだね。」そして中村は考え深そうな眼付をした。「わざと衒っているのじゃないかしら。」
「いいえ、ありのままよ。衒うことなんか、これっぱかしも出来そうにない人だわ。」
「もしそうだったら、その変梃なのが正直な所だったら、澄ちゃんが云うように天才かも知れないね。」
「どうして?」
 そこで中村は、医学上の見地から天才というものを解釈して、天才とは結局、頭脳の一部分が極度に発達して、他の部分が萎縮してしまってる、一種の不具者だとした。澄子はそれに反対して、天才にもやはり立派な人格者がいると云い、その例に、トルストイやナポレオンを持ち出した。中村はそれを打消して、そう思うのは遠く離れて見るからだと云い、近寄って見ると天
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