がいいこと、などといろんな注意をして、今にも自分から荷物へ手をつけそうにした。大学生はその親切を却って迷惑がってる様子で、しまいには坐り直して云った。
「有難うございました。後は自分でしますから、どうか構わないでおいて下さい。」
「それでは、」と辰代は素直に応じて、「少しお片付きになりましたら、階下《した》においで下さいませ。お茶でもおいれ致しますから。手前共はこういう風でございまして、何にもお構い出来ません代りに、家の者同様に思って隔てなくして頂きます方が宜しいんでございます。」
「ええ、どうぞ。」と彼は云った。
 その可笑しな挨拶には気にも留めないで、辰代は階段を下りていった。
 階下《した》では、澄子が中村に向って、昼間のことを話してきかしていた。そこへ辰代はいきなり横合から云い出した。
「大学生にしては、随分荷物の少い方ですね。」
「だって、」澄子が応じた、「苦学をしてるとか仰言ってたじゃありませんか。」
「でもねえ、いくら何だって、本箱の一つくらいありそうなものですがね。」
「本箱は頭の中にしまっとく方がいいですよ。」と中村が云った。
「あんまり荷物が少なすぎますよ。」
 辰
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