一々雑巾をかけた。それが済むと、もう夕食の時間になっていた。
食事中に辰代はふと思い出して云った。
「電気会社へ行ってこなければなりませんね。」
「どうしてなの。」
「あの人が来て早々から、電気がなくては困るでしょうよ。」
「いやだ、お母さんは。電気はつけ放しじゃありませんか。」
「そうでしたかしら。」
それでも彼女は、二階へ上って見て来なければ安堵しなかった。
卒業したばかりの若い医学士で、二階の八畳を借りてる中村が、病院から帰って来て、和服にくつろいで、玄関の茶の間で煙草を吹かしてる時、そして、辰代が澄子に手伝わして、台所の後片付けをやってる時、大学生は引越して来た。布団の包みと柳行李を一つと白木の机、それだけの荷物をつんだ車の後から、一人でてくてく歩いて来た。
「今日から御厄介になります。」
形《かた》ばかりに膝をついて、誰へともなく云ってから、彼はすぐに荷物を二階へ運び初めた。辰代はそれを手伝って、なおその上に、室の中の整理を手伝おうとした。押入も畳もすっかり雑巾がけをしておいたこと、押入の中には新聞紙を敷いといたから、その上にそっと荷物をのせること、机は窓の下に据える
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