った。が宮崎は、眉こそしかめたが、それも一寸の間で、何の動揺も感じていない様子だった。そして愉快そうに酒を飲みだした。で結局大西の試験は失敗に終ったわけだが、それからは、「ビールのうがい」という言葉がはやり、大西と清子とは舞台めいた抱擁をしてみせることが度々あった。ばかばかしい話だが、私達はそれを拍手で迎えたりした。凡てが酒の上のことだ。本当のところは分るものではない。はっきりした話をするとなると、私は当惑せざるを得ない。其後のその事件全体が、今でもまだ、私には充分見透せないような憾みがある。なお、「笹本」のお上さんは、清子の病気なんかのため、だいぶ困ったらしく、大西の口利きで、長尾からいくらか金を借りたというのは、事実らしい。然し清子の態度をそれと結びつけて考えるのは、当らないと思われる。
 宮崎が私にくどく訴えたのは、右のような事柄についてだった。彼は何か手酷しく島村からやりこめられたらしく、それを憤慨したり悲しんだりしているのだった。
「相手を……対象を無視して、自分の行為だけを味うことが、僕には出来る気がする。行為そのものの純粋な喜びや悲しみは、そうでなければ感ぜられない。清子
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