別れの辞
豊島与志雄
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)お上《かみ》さん
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)小説3[#「3」はローマ数字、1−13−23]
−−
一
あの頃島村の心は荒れていた、と今になっても多くの人はいうけれど、私はそれを信じない。心の荒れた男が、極度の侮蔑の色を眼に浮かべるということは、あり得べからざることだ。冴えた精神からでなければ、ああいう閃めきは迸り出ない。
尤も、島村については、いろいろ芳しからぬ噂が私達の間に伝わっていた。私自身も、彼について漠然とした危懼を感じていた。当時私はいろんな用件で――それも彼のための用件で――急に彼に逢わなければならないようなことが度々起ったので、彼の行動範囲が大体分ったのであるが、たしかに、彼にはどこか調子が狂ってるようなところがあった。元来、飲酒家というものは、時とすると幾日も家に籠って外出しないことがあるし、時とすると毎晩のように出歩いて酒を飲み廻ることがあるのだが、後者
次へ
全38ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング