ような、何となくやりきれないような、謂わば危機めいた調子をどこかに持ってるものであって、それだから酒を飲むのか、酒を飲みすぎるからそうなのか、その点は甚だ不明瞭で、恐らくは両方だろうが、健全に溌溂と酔っ払う者は至って少い。そして何かしら刺戟がほしくなる。宮崎と清子との仲は何でもないと分れば分るほど、私達は当が外れた気持になっていった。いやそんな筈はない、僕が証明して見せる、と云い出したのは大西で、或る晩、酔っ払った揚句ではあるが、皆の前でいきなり清子をつかまえて、キスしてしまった。彼女は声を立て、また笑っていたが、次の瞬間、顔の肉を硬ばらせ、ひからびてると見えるほど大きく眼を見開き、じっと大西を見つめて、それから彼にとびかかって、真正面に、彼の口に自分の唇を押しあてた。「あなたが奪ったから、あたしも奪ったのよ。だけど……きたない!」そして彼女はビールのコップをとって、大袈裟にうがいをした。
 全体が酒の上のことだとすれば、それまでであるが、然し、悪戯とするには、何だか過ぎたものがあった。清子はうがいをしてからも、宮崎の方へは眼を向けなかったが、視野の片端で彼の気配を窺ってることは明かだ
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