が、そんなこと、へまに云い出そうものなら、却って結果は悪くなる。私は当惑して、長尾か大西に頼んでは……と云ってみた。おけいは眉根の皺をぐっと深くして、むきになった。そんならいい、あなたには何にも頼みません……。私は彼女の怒った顔を初めて見た。額が狭くて、打震えてる上唇の上に、うすい毛が生えそうだった。
幸にも、私はその嫌な役目をのがれることが出来た。その頃、私達はたしかに少し荒れていた。その晩も、長尾と私と野口――この野口というのは、放送局に勤めてる男だが、酔うと相撲をとりたくなるという妙な癖があり、ふだんは変にお高く澄しこんでる見栄坊だった――三人で、一騒ぎして、芸者を二人連れて、「笹本」に敬意を表しに来たものである。そして奥の室で飲んでるところに、少し酒気を帯びた静葉が、元気よくとびこんできた。今晩は、おばさあん……。そして私達の方を見ると、つんとしたお辞儀をした。用があるのよ……。彼女はおけいと、何かひそひそ話をしていた。だいぶかかった。
「そんなら、今だっていいわ。呼びましょうか。いらしてるのよ。」
「まあ、この人は……。」
静葉は電話にかかった。
私は彼女の方に注意をむ
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