首筋にすがりついて泣き出したのである。
「文学なんかやめちまえと、島村さんが僕に云ったが、そんな理屈はないでしょう。ねえ、めちゃだ。清子なんかのことを、いつまでもくよくよ想っていて、愛することも憎むことも出来ないで、というのはつまり、ほんとに愛することも出来ないで、何が文学だと、そう云うんですけれど、そんなばかな話ってあるもんですか。島村さんにまで誤解されているかと思うと、僕は悲しいんです。第一、僕が清子を愛してる……独りでくよくよ想ってると、どこで証明がつくんです。そしてそのことと、文学と、一体何の関係があるんです。何にも関係はない。ねえ、ないでしょう。よしあったところで、僕は清子なんか愛してやしない。想ってもいない。彼女の病床に、毎日人形を買っていってやったにしろ、それが彼女を愛しているという証拠になりますか。人形を持っていくのが、僕にとって、ちょっと、ロマンチックに楽しかった。それだけでいいじゃありませんか。或る行為だけが楽しい、相手の人間はどうだっていい、たったそれだけのことが、どうして分らないのかしら。だから僕は、清子が大西さんとキスしようと、たとえどういう関係になろうと、一
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