小学校の算術だ。そんなことで死ぬ馬鹿があるものか。」
「世間にはいくらもある……。それに、あなたの態度が、まるでめちゃだから……。」
「単に金を借りるのが目的だったら、僕もあんな態度には出ないさ。然し、大体もう駄目だと見極めがついて、こんどはこちらから世間を試してやれという気持になったら、それが当然じゃないか。」
「そして全然駄目だったら……世間があなた自身よりも金の方を大事にするんだったら……どうします。それを僕は……。」
「うむ、分ってる。最後の切札はあるんだ。そうなったら君にも腑に落ちる筈だ。君は、船を焼くという諺を知ってるだろう。船で敵国に上陸して、自分の船を焼き払って退路を断ち、敵地を征服するか戦死するか、どちらかだという、最後の肚《はら》をきめることだ。君は、船を焼くことが出来るか。」
「…………」
「船を焼いてからでなければ、本当に世間を試すことは出来ない。世間を試すつもりで、実は自分自身を試してるだけのことだ。」
「然し、敵地を征服出来なかったら……。」
「試してしまえば、それでもう征服したことになる。征服してから其処が嫌になって、新たに船を拵えて出帆するようなものだ。
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