彼女は皆の方を向いた。「女給たちを集めて、飲んでいらしたんですって、井上さんと二人で。そしてるうちに、女給の美しいのが一人、もてたのねえ、やたらに島村さんにくっついて、肩にもたれたり、膝にのっかったり、ええ勝手にしろってところよ、あんまりべたべたやるもんだから、島村さん、すっかり怒っちゃって、その女の頬辺を殴ったとか殴らないとか、とにかく大変な剣幕でしたって。あたし、その顔が見たかったわ。見そこなっちゃあいけない……とまあ、そういった場面ね。」
 おけいは揶揄するようにわざと感歎の様子をしたが、島村は澄していた。
「そんなことも、あったかもしれないが、その代り、こんなこともあった。或る晩、酔って歩いていると……。」
 それは、私が一度聞いた話である。酔って歩いていると、街角の、薄暗いところに、若い女が二人立っていた。安カフェーの女給とも、安料理屋の女中とも、どこかの子守女とも、私娼ともつかない、怪しい風体の女で、蒼ざめてむくんだ頬に白粉をぬっていた。その二人の方に、彼は歩みよって、微笑みかけ、言葉をかけ、ソバを奢ってやろうといって、すぐ側のソバ屋へ無理につれこみ、自分は酒を一本飲み、そ
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