方で心当りがあるなら、それを全部駆け廻ってみてもよい、とにかく総ざらいをしてみよう……。
「いや、それには及ばない。心配かけてすまなかった。」
 ばかに冷かな調子で、そして彼はまた微笑をもらした。
 奥の室にはいると、大西は冷淡な眼で、長尾は落付いた眼で、私たちを迎えた。清子が飛び上るような声をたてた。
「あら、お一人? 後から来るんでしょう。さっきね、とても逢いたがってた人が……。」
「ばか、何を云ってるんだ、ばかな……。」
 ほんとに怒ったらしい押っ被せる調子で、宮崎は叫んだが、同時に、真赤になった。
 島村は平然と席に就いた。
「暫くぶりだね。」と長尾が云った。「この頃、あんまり飲まないのかい。」
「うむ、出来るだけ飲まないことにしてるんだが……。」
「そうでもないでしょう、島村さん。」と、おけいが銚子をもってわりこんできた。「ちっとうちへもいらっしゃいよ。あんまりよそを歩き廻らないで……。決して、くっついたり、殴られたりするようなことは、しませんから……。」
「なんです、それは……。」
「それ、井上さんと、銀座の何とかいうカフェーで……あれほんとでしょう。こうなんですよ……。」
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