意に開けられ、また閉められる。凡ての抽出が閉められる時は、即ち睡眠なのである。
事務机などの抽出にしても、仔細に観察する時には、不思議な感じを人に与える。各種の抽出に各種の事物が整理してある。全く未知の人の未知の室にはいって、そこにある抽出を一つ一つ開いてみたならば、如何なる発見がなされるであろうか。抽出とは一体、誰が考案したのであろうか。――而もここでは、頭脳の中の抽出のことをいうのである。全く抽出がなくて、あらゆる事実がむきだしに散乱してる頭脳もあろう。数個の抽出しかない頭脳もあろう。君の頭の中には幾つの抽出があるか?――無数の抽出があって、画然と整理されてる頭脳、それは驚嘆に価いする。
斯かる頭脳の運行のなかでは、恐らく、思想も一つの事物に等しく、情愛や意欲も一つの事物に等しく、人間も一つの事物に等しいだろう。
「如何なる情意の動きも、彼に対しては働き得ないことを、私は漠然と感じた。彼は人間を、一つの事実或は物と看做し、自分と同類とは看做さない。彼は憎みもせず愛しもせず、彼にとってはただ彼自身あるのみで、他の凡ての人間は数字にすぎない。」――これはナポレオンについてのスタール
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