風景
豊島与志雄

      一

 美しい木立、柔かな草原、自然の豊かな繁茂の中に、坦々たる街道が真直に続き、日は麗わしく照っている。二人の恋人が、或は二人の仲間が、肩を並べ、楽しい足取りで、その街道を進んでゆく。古い生活を捨てて、新らしい生活の方へ。彼等は襤褸をまとい、小さな包みを提げ、ポケットに一片のパンを持ってるのみであるが、前途には洋々たる希望がある……。
 それは、人の心を慰め微笑ませる情景である。――クレールの「自由を吾等に」、ルノアールの「どん底」、チャップリンの「モダン・タイムス」、其他の映画が最後に取上げてる情景である。
 それが人の心を慰め微笑ませる所以は、たとい彼等が其処で一片のパンを食いつくそうとも、前途には、多くのパンがあり、多くの仕事があり、要するに、自由な新たな生活があるからである。現実にあるのではないが、あるだろうという予想或は予約が、現実の姿を取っているからである。
 豊かな自然のなかでは、予想或は予約が如何に容易く現実の姿を取ることぞ。豊かな自然のなかに飢えてる動物を想像することは、甚しく困難である。
 現実に、襤褸をまとい、小さな包みを提げ、一
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