があるだろう。案内しろよ。金は持ってる。」
 酒の肴が何もなく、海苔と沢庵だけだったので、彼には少し気の毒だ。酒も無くなった。ビールは酔いざめの水だ、と彼は言う。
 外に出ると、彼は全くふらふらしていた。酔っ払ったばかりでなく、此奴、まだ眩暈がしてるんだな、と俺は思った。匍い廻ってばかりいたのが、完全敗戦になって、突然立ち上る。眩暈もしよう、ふらつきもしよう、よろけもしよう。彼ばかりじゃないんだ。
 俺は先に立って、猫捨坂を上りかけた。彼はあとから、ふーっと大きく息をした。またふーっと大きく息をした。
 ひっそり静まったので、振り向くと、薄暗い中に彼は腹匍っていた。石炭灰に交って、厨芥や塵埃がうち捨ててある、その不潔な中に、彼は両手をついているのだ。
「おい、何してるんだ。」
「こいつ、ばかな坂だ。」
 彼は起き上りかけて、またよろけて、こんどはコンクリート塀の方へ寄りかかった。そしてそこにまた屈みこんで、げーっと吐いた。背中をひくひくやってるらしく、次にまたげーっと吐いた。
 俺は立って見ていた。見ているより外に仕方がなかった。手をつけると却っていけない。
 暫くたった。
「大丈夫か
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