渡す限り、一面に火の海だった。火の海の中に、木立の幹や電柱が、高く峙って焔を吹いていた。片方は黒煙が濛々として、その末は白っぽく空に流れていた。その空には、火焔の反射を受けて銀色に光る飛行機が、縦横に飛び廻っていた。空も地も明るく、ただごうごうと唸っていた。壮絶だ。この中で死に或は負傷した人々にとっては、その死もその負傷も無意味で、しかも大難だったには違いない。然しその大火が壮絶たることには変りない。
 こういう冷酷なことを俺に言わせるのは、あの荷車のがらがらいう音だ。殊に夜更けのその音だ。浅間しかった。情けなかった。
 其後彼等夫婦は荷車を盗まれ、それからどこへか立ち去った。
 彼等にも、そうだ、アルコール・ウイスキーでも飲ませてやるがいい。
 友のその酒は、なるほど、味よく出来ていた。そして強かった。俺もだいぶ酔った。
「金儲けが目的じゃないんだ。なるべく沢山の人を酔わせてやりたいんだ。」と彼は言った。
 彼自身、もうすっかり酔っていた。俺のところへ来る前にも、だいぶ飲んだらしい上に、更にぐいぐいひっかけたのだ。
「おい、これからビールを飲みに行こう。この近所に、ビールを飲ませる家
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